顔の見えないコミュニティ参加者200人に「物語」を託した理由

 

親愛なる物語たちへ捧ぐ

 

 

最初は、たぶんそう。Soloworkersの第一回目の講義だったと思う。話の中で、LEには約300人の参加者が居るのだと、何の取り留めもなく出てきた言葉であり、情報だったのだと思う。
しかしわたしは、何故かその時その「数字」に、ひどく驚いたのだと思う。300人。現実味がない、そう感じるのはその数字が示す参加者を認識すらしていなかったのだから。
『300人』を聴いた瞬間から、なにかが、わたしの中で確実に変化を起こしたのだと思う。

『300人』が起こした変化をたどる

だから、丁度とても気になっていて、ものすごく応援したいと思っていた「おしゃべりマッチング」に、自ら飛び込んで声をかけた
新規参加者に、LEの文化の一端に触れてほしい。その一心であったと思う。実際に登録したり、利用してくれるかはそのひと次第だから、わたしができるのは、ただひたすらに一か月間、「おしゃべりマッチング」というシステムがあり、「対談」という文化がある、ということを知らせることだけ。

正直なところ、見に来てなくても構わないと思っていた。
見に来てくれるかもしれない100人のアクティブユーザーの一部に応援さえしてもらえれば、それだけで、残りの200人を想うことができたから。

アクティブ・非アクティブがどういった定義かは置いておいて、わたしはわたしなりに、非アクティブユーザーを「ROM専」と意識することにした。なんとなく情報の大本であるMattermostをSNS感覚で眺めてはいるが、特段関わろうとは思わないユーザー。自分が「参加している」という意識すら希薄かもしれないユーザー。なんらかの要因により自ら壁を作って、境界線を意識しているユーザー。

ライフエンジンは、おそらくわたしが参加した当時よりも、ずっと多様化している個々としてもそうだが、まず前提としての情報源が違うだろう。外部発信が、一年前より明らかに増えている。

そして、ライフエンジン内のコンテンツ量・情報量としても明らかにその数を増している。濃度も然り。だからこそ、参加はしたもののその醸成された空気と、既に出来上がっている密度の濃い関係性に、自ら早速飛び込もうという新規参加者はそう多くはないだろうとも感じていた。少なくとも、新規参加者だった当時のわたしは、そうだったから。

「ROM専」の彼らへ、わたしができること

『300人』。
Soloworkersの講義中だというのに。自分のことをまず先決し、考える為の時間だというのに。
ライフエンジンの為に、否、その、200人の為になにができるかを、本気で考え始めた瞬間だったと思う。

水先案内人はどうだろう?
否、姿も見えない200人に、対人コミュニケーション能力の劣る自分が、僅かな片鱗を見逃さずに手を差し伸べることは、きっと難しい。

では、膨大で濃密な情報源をまとめ上げ、迷いなくコンテンツへ誘導できる仕組みを整える?
否、情報に溺れやすい自分が、システムを構築することは、ひどく困難だ。

姿の見えない200人。
SNSのように、ただただ流れゆく情報を見ているかもしれない、200人。
ROM専と自らを称するかもしれない200人に、なにかを伝えるにはどうしたらいい。

わいわいと一緒に盛り上がり、ライフエンジニアを「仲間」と称するようになる、その前。
ココアを求めて、扉を開くためのふるえる勇気を持つ、その前。
水先案内人に手を引かれる、その前。
濃密な情報源に手を触れようとする、その前。

自らを「ROM専」と称し、知らずに自らを揶揄すらしているかもしれないひとたちに。
ちょうど、その間にあたる「途中式」を。

最初に取った行動は、「おしゃべりマッチング」を掲げること。もしかしたら、これで、「興味」という琴線に、僅かでも引っかかるひとは居るかもしれない。
では、その世界からもっと遠い、遠いと感じているひとは、どうすればいい。

然程器用でないわたしが取れる手段は少ない。
選んだのは、否、選択の余地すらない手段。
物語を綴った「小説」しか思いつかなかった

そしてわたしは「物語」を託す

『300人』。
これが無ければ、わたしは「雑談」という公衆の面前にあの作品を晒してなどいない。この小さな、自分専用の安全な箱の中で、わたしをきっと応援してくれているひとたちだけのために、そっと差し出していただろう。

ROM専だというのなら、川の流れを眺めているかもしれない。そんな、あまりに微力な「途中式」を。
「眺めているかもしれない」
それだけを信じて、まだ見ぬ200人に託すことしか、わたしには方法がなかった

顔を知っている100人にも、応援してくれるもっと数少ないひとたちにも晒したことのない作品を、あの場に流すことは、あまりに恐ろしいことだったように思う。
それでも、あの川の流れに、願いだけは立派な笹船を託すことができたのは、ひとえに顔を知るひとたちを想い、信じることができたからだとも、同時に思わざるを得ない。

「物語」は、読者にすべてを託すものだ。意図通りには読まれない。なにが正しく、満足な読み方なのか、作者にそれを振りかざす権利はない。
作者の手をひとたび離れれば、既にその「物語」は作者自身のものではない。弁明も釈明も許されることはない。
読み手が変われば、その全てが一変する
「物語」は、恐ろしい魔物でもある。

顔の見える特定少数に、など、随分と御大層で情けない言い訳をしながら、あの大きな川に流したものだと思う。
顔の見えない、見せてさえくれない「200人」に。
顔を見せてくれる「100人」を、その中の、たった一握りの親しいひとたちを信じて。
わたしは、「200人の途中式」となる可能性を託したのだ。

わたし自身がそうであったように、何事も、どんなに素晴らしいものであったとしても、感動的なストーリーが在ったとしても、「特効薬」には成り得ない。
否、特効薬には成り得ないからこそ、わたしはわたしの「物語」を信じたのだろうと思う。

いっそ古典的ですらある小説という形式が、200人の、いったい何人に届いたのか。わたしには知る由もないけれど。
いつかきっと先の未来で。
顔も見えないひとたちの、「途中式」で在れればと

『300人』。
その言葉を聞いて、100人を信じて、200人に託したことが正解ではなくとも。
きっとたぶん、間違いではなかったと、願わざるには居られないのである。

 

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